THE JOURNALAI人材・組織づくり

AI人材を育てるなら、その人を孤立させない。経営者が見落としやすい「成長の先の負荷」

AIを使える社員が育つほど、仕事や判断がその人に集中していないでしょうか。導入支援と筆者自身の経験から、成長の先に生まれる負荷と、それを支える仕事の設計を考えます。

日々の実践 / AI人材・組織づくり

私はこれまで、さまざまな企業でAI人材の育成に携わってきました。「社内でAIを使える人を育てたい」とご相談いただくと、多くの場合、経営者の方が研修に送り出すのは、自社で特に優秀な社員や、経営幹部の方です。

会社のことを理解していて、仕事ができる。新しいことを学び、それを業務に生かしてくれそうな人に任せたい。その判断は、よくわかります。

ただし、経営者には、育成を始める前に知っておいていただきたいことがあります。それは、AIを使えるようになったからといって、その人の仕事が楽になるとは限らないということです。むしろ、能力が伸びた先で、以前より大きな負荷や孤独を抱える可能性があります。

だからこそ、AI人材の育成は、研修を受けさせるだけでは完結しません。その人の仕事がどう変わり、何が負担になり、周囲との間にどのような違いが生まれているのか。そこまで、経営者が一緒に見ていく必要があります。

今回は、育成支援に携わる立場から、そして私自身の経験から、経営者に気をつけていただきたいことをお伝えします。

まず、今の仕事をAI化して、その人の余力をつくる

私がAI人材を育てる際に、最初に取り組むのは、その人がすでに抱えている仕事のAI化です。

いきなり新しい技術を大量に教えたり、今までの仕事とは別にAIの課題を追加したりするのではありません。まず、普段どのような業務を担当し、何に時間を使っているのかを確認します。そのうえで、AIを使って負担を減らせるところから手をつけていきます。

これは、その人に余力をつくるためです。

今の仕事で手いっぱいの人に、「これからはAIも覚えて、会社全体の改善もしてください」と言っても、取り組む時間がありません。だから、既存の仕事を見直して時間を生み出し、その余力を使って、次に必要な知識や技術を身につけていく。これが、私の人材育成の基本方針です。

育成が進むと、その人ができることは大きく広がります。私の現場での実感としては、特定の作業で扱える量が、以前の5倍、10倍と感じるほど変わることもあります。もちろん、会社全体の生産性や利益が、そのまま同じ倍率で増えるという意味ではありません。

これまで時間がかかっていた仕事を短時間で進められるようになり、以前は手をつけられなかったことにも取り組めるようになる。それは、本人にとっても会社にとっても、大きな前進です。

しかし、経営者に見ていただきたいのは、その先です。

できることが増えると、仕事も増えていく

既存の仕事を効率化して余力ができたからといって、その人がそのまま暇になるとは限りません。

会社から新しい仕事を任されることもあれば、本人が「これも改善できる」「あれも自分でつくれる」と、次の仕事に取り組み始めることもあります。特に、もともと意欲があり、会社をよくしたいと考えている人ほど、できるようになったことを実際の仕事に生かそうとするでしょう。

一つの作業は速くなっている。でも、担当する仕事の種類も、同時に進める案件も、周囲から頼られる場面も増えていく。すると、効率化したはずなのに、本人は以前より忙しいという状態が起こり得ます。

実際に、米国のテクノロジー企業1社を8か月間調べた研究でも、生成AIを使うことで、従業員が自発的に引き受ける仕事の範囲を広げ、仕事をする時間も拡大する様子が報告されています。すべての企業に一般化できる結果ではありませんが、「効率化すれば自然に余裕が生まれる」とは限らないことを示す事例です。Haas News | UC Berkeley Haas

私は、仕事の幅が広がること自体を否定したいわけではありません。問題は、その変化に合わせて、仕事の割り振りや支え方が見直されないことです。

「できる仕事が増えたこと」と、「無理なく引き受けられる仕事が増えたこと」は、同じではありません。

生まれた余力をすべて次の仕事で埋めてしまえば、新しいことを学ぶ時間も、つくった仕組みを整える時間も、落ち着いて考える時間もなくなります。経営者は、その人の能力が伸びたことだけでなく、何をどれだけ抱えるようになったかまで見ていただきたいのです。

本人が速くなっても、会社全体が速くなるとは限らない

ここで関係してくるのが、制約理論という考え方です。

制約理論では、全体の成果を制限している箇所に着目します。仕事の流れの一部分だけを速くしても、別のところで流れが止まっていれば、全体の成果は同じようには伸びません。個々の効率だけでなく、全体として何が進み方を制限しているのかを見ることが重要になります。TOCICO

たとえば、AIを使える社員が、調査から資料作成までを大幅に短縮できるようになったとします。しかし、その後の承認は週1回の会議でしか行われない。あるいは、次の工程を担当する部署には、それを受け取って進める余力がない。

その状態で、本人だけがさらに多くの仕事を進めても、承認待ちや対応待ちの案件が増えるだけかもしれません。

そこで本人から見ると、今まで気にならなかったことが、仕事を止める要因として見えてきます。部署間のやり取り、情報へのアクセス、権限の不足、昔から続けている手順。そして、場合によっては、社長自身の判断のスピードです。

「自分のところでは進められるのに、その先が進まない」「改善できる方法は見えているのに、自分には変える権限がない」。そうした状況では、能力を身につけたことが、そのまま働きやすさにつながるとは限りません。

もちろん、これは「周囲が遅いから悪い」という話ではありません。必要な確認もあれば、ほかの部署の事情もあります。誰かを責めるのではなく、仕事全体の流れを一緒に見直す必要があるということです。

経営者にお願いしたいのは、AI人材からの改善提案を、単なる不満として片づけないことです。本人の仕事の進み方が変わったことで、これまで見えていなかった会社の課題が表に出てきている可能性があります。

作業の速さと、判断や責任を引き受ける力は別のもの

制約を考える視点は、組織だけでなく、本人の仕事の進め方にも当てはめられます。

たとえば、これまでは一つの判断をするために、調査し、情報を整理し、資料をまとめる必要があったとします。AIによって、その準備を短時間で進められるようになることがあります。

しかし、準備が速くなったからといって、本人が同じ倍率で判断を下せるようになるとは限りません。

情報を読み、内容を確かめ、選択肢を比較し、会社への影響を考え、責任を持って決める。資料が出てきた後にも、人が引き受ける仕事があります。Microsoft Researchなどの研究者による知識労働者への調査でも、生成AIの利用に伴い、批判的に考える活動が、情報の検証や回答の統合、仕事全体の管理へと移る様子が報告されています。マイクロソフト

私自身、AIを使って複数の仕事を進められるようになっても、それぞれの結果を確認し、次に何をするかを決める負荷まで消えるわけではないと感じてきました。作業は速くなっているのに、頭の中では、判断しなければならないことが次々に増えていくのです。

これは、その人の決断力が足りないとか、能力が低いという話ではありません。AIに任せられる作業が増えることと、人が注意を払い、判断し、責任を持てる範囲が無制限になることは、別です。

作業が5倍速くなったからといって、人が5倍の判断と責任を、同じ負担で引き受けられるとは考えないでください。

少なくとも私は、AIを使った仕事に、以前とは違う密度の疲れを感じることがあります。だからこそ、「AIで楽になったはずなのに、なぜ疲れているのか」という見方ではなく、「仕事の中身と負荷のかかり方が変わったのではないか」という視点を持っていただきたいと思います。

これは、私自身が経験してきたことです

ここまでお伝えした危機感の根底には、私自身の経験があります。特定の支援先で社員の方がこうなった、という話ではありません。

AIを使えるようになり、できることが増える。それと同時に、会社の仕組みの中で進まない部分も見えるようになる。自分の中でも、進められる作業の量と、考えたり決めたりできる量との間に違いが生まれる。

そうした変化の中で、負荷を感じたり、自分が見ていることや困っていることを周囲とうまく共有できず、孤独を感じたりすることがありました。

私は父が経営する会社で働いています。会社と自分の将来が強く結びついている感覚があり、周囲の支えもあって、仕事を続けてこられました。

ただ、それを、そのままほかの社員にも期待してはいけないと思っています。

通常の雇用関係にある社員が、仕事を抱え、理解されず、自分だけでは変えられない環境の中で苦しんでいたら、「この会社で働き続けるのは難しい」と考えても不思議ではありません。辞めずに残ったとしても、無理を重ねてしまうことも心配です。

経営者が育成に投資した人だからこそ、成果を期待する気持ちはあるでしょう。しかし、その期待が、その人を支えるものではなく、追い詰めるものになってはいけません。

私が「AI人材を孤立させないでほしい」とお伝えするのは、本人の努力や意欲だけでは解決できないことがあると、自分自身の経験から感じているからです。

経営者は、その人の頑張りではなく、仕事の設計を見直す

では、経営者には何をしていただきたいのでしょうか。

まず、AIでできるようになったことを確認するときには、「次に何を任せるか」だけでなく、「今までの仕事を何から外すか」「何をやめるか」も一緒に決めてください。

既存業務を持ったまま、AIの学習、仕組みづくり、社内への説明、ほかの社員の相談対応まで追加していけば、本人の役割は膨らんでいきます。私なら、AI導入に関わる仕事を、通常業務の合間に行う善意の活動ではなく、時間を確保すべき正式な業務として扱っていただきたいと思います。

そして、本人だけでは変えられないことは、経営者が引き受けてください。

承認を待つことが課題なら、どこまで権限を渡せるのか。部署間の連携が課題なら、誰を交えて話すのか。仕事が集中しているなら、何を別の人に移すのか。必要な情報が使えないなら、どの範囲までアクセスを認めるのか。

何でも自由にしてよい、確認を省略してよい、という意味ではありません。必要な管理を残したうえで、仕事が進む仕組みに変えることが、経営者の役割だと考えています。

また、評価の仕方にも注意が必要です。先ほど紹介した研究では、本人の自発的な追加の努力が、徐々に周囲から当然の成果として期待されるようになる危険性も指摘されています。Haas News | UC Berkeley Haas

一時的に頑張って大量の仕事を進められたからといって、それを翌月からの標準にしてよいとは限りません。私は、作業量だけでなく、品質が保たれているか、つくった仕組みが継続して使われているか、ほかの社員も使える状態になったかという点も、評価に含めるべきだと思います。

生まれた余力を、すべて追加業務で埋めない。能力の向上を、その人への負担の集中に変えない。 この判断を、本人任せにしないでいただきたいのです。

一人のエースではなく、支え合える体制で育てる

私としては、企業規模や業務の状況が許すのであれば、一人だけをAI担当にするのではなく、まず3人程度、状況に応じて3〜5人ほどを一緒に育てることをお勧めしています。

これは、どの企業にも必ずその人数が必要だという意味ではありません。重視しているのは、AIに関する仕事と悩みを、一人で抱えなくてよい状態です。

業務に詳しい人、仕組みをつくることが得意な人、現場への説明や定着を進められる人。それぞれの強みを生かしながら、一緒に試し、分担し、相談できる体制をつくることが大切だと考えています。

ただし、人数をそろえればよいわけでもありません。最も詳しい一人に質問も実装も確認も集中するなら、問題は残ります。共通の知識を身につけ、つくった仕組みや判断の経緯を共有し、誰か一人しかわからない状態を減らしていく必要があります。

小規模な会社で複数人を育成することが難しい場合でも、経営者が定期的に状況を聞いたり、外部の支援者と相談できる場を設けたりすることは考えられます。先ほどの研究の研究者も、AIを使った仕事が一人で完結する方向に進む中で、対話や振り返りの時間を意識的に確保することを提案しています。Haas News | UC Berkeley Haas

「担当者がいるから任せておけばよい」ではなく、「担当者を誰が支えるのか」まで決める。それも、AI人材育成の一部だと思います。

経営者も、その人が見ている景色を理解してほしい

経営者自身がAIを学び、使えるようになることは望ましいと思います。ただ、社員と同じだけの時間を使い、すべての技術を習得することが難しい場合もあるでしょう。

それでも、育てている人が何をしているのか、何ができるようになったのか、どの方向に仕事を変えようとしているのかは、理解し続けていただきたいのです。

可能な限り研修の場に参加し、実際に何をしているかを見る。つくったものを一緒に動かしてみる。どこで止まっているのかを聞く。そして、「何ができたか」だけでなく、「今、何が負担になっているか」を確認する。

具体的な操作がわからなくても、こうした関わり方はできます。むしろ、自分では技術を十分に追えないからこそ、本人の話を聞き、必要な支援をする姿勢が重要になると考えています。

私が経営者に求めたいのは、AI人材を特別扱いすることではありません。その人の仕事が変わったなら、役割、権限、評価、支援のあり方も変えるということです。本人だけを成長させて、会社側の受け入れ方は以前のままでは、どこかに無理が生じます。

AI人材を育てる目的は、一人に何人分もの仕事を背負わせることではないはずです。身につけた力を会社の成果につなげながら、その人自身も働き続けられる状態をつくることが必要です。

AI人材育成とは、社員に新しい能力を身につけてもらうことだけではありません。その成長に合わせて、会社の側も変わることです。

その人が何を抱え、どこで困り、どのような景色を見ているのか。経営者も、それを一緒に理解しようとしてほしいと思います。「できるようになった人」を孤立させない。その責任まで含めて、AI人材の育成に取り組んでいただきたいのです。

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